RMU新人王のバトン

競技麻雀団体RMUの先輩である、中居さんとの出会いについてです。

中居さんとは、RMU入会前に、初めて (!!!)フリーで入った雀荘・上野trinityさんでお会いしました。そのとき中居さんはすでにRMUアスリートで、「自分もRMUでプロになりたい」と相談したのが最初のご縁です。

その後、何度かtrinityさんで対局し、赤あり・なしルールでの打ち方の違いなどを教わりました。そして私は無事に入会試験に合格し、RMUアスリートとなりました。

昨年の新人王戦本戦で中居さんと運命の再会を果たし、「RMUに入会しました!」と報告することができました。

本戦一回戦の相手はまさかの中居さん。

東一局、中居さんの親リーチに対し、私は無謀にも一発目でドラの東を切り、
「リーチ・一発・七対子・ドラドラ・18000」を放銃😱

私は当然あっさり敗退しましたが、中居さんはその勢いのまま新人王に──。

あれから1年。

二回目の新人王戦では、中居さんを勝手に“お師匠”と崇め、その背中を追いながら対局に臨みました。
七対子へのこだわりも、あの鮮烈な18000への憧れが、どこかにあったのかもしれません。

そして今回、自分が第7期新人王に。中居さんからバトンを受け取る形になりました。

とても嬉しく、感慨深い気持ちでいっぱいです。
改めて、ありがとうございました!

運の雲 その2 – 運の良し悪し –

運を間近で見ようとしても、何も見つかりません。けれど世界をもう少し広い視点で眺めてみると、「運」と呼べそうなものがそこら中にふわふわと漂っていることに気づきます。

もし運というものが存在するとして、それが「良い」とか「悪い」とか言われるのは、いったいどういうことなのでしょうか。

🍀🍀🍀

たとえば──

お腹がすいたなぁと思いながら街をぶらぶら歩いていたら、突然雨が降ってきた(運が悪い!)。

雨宿りした軒先で「ピザ食べ放題・タイムサービス!」という看板を見つけた(運が良い!)。

夢中になって食べたらお腹が痛くなった(運が悪い!)。

けれど「ピザ2400グラム完食!当店新記録ですのでお代は無料です!」と言われた(運が良い!)。

病院に行くと「今回は食べすぎのようですが、レントゲンで胃に小さな影が見えますね」と言われ、手術することに(運が悪い!)。

結果として胃の腫瘍が早期発見され、大事には至らなかった(運が良い!)。

……が、手術のせいで楽しみにしていた友人とのピザ屋巡りツアーには参加できなかった(運が悪い!)。

この日街をぶらついたことは、果たして自分にとって運が良かったのか、悪かったのか──?

☁️☁️☁️

この出来事を「どこからどこまで切り取るか」によって、判断はまったく変わってきます。もしこの話がさらに続いていくのだとしたら、運の良い・悪いは一体どの段階で決まるのでしょうか?

ある預言者が「1999年の7月、人類は滅亡する!」と予言したとします。それは人類にとっては最悪の出来事でしょう。けれど、人類が滅んだあとに繁栄する昆虫たちにとっては最高の出来事かもしれません。別の惑星の生命体からは「宇宙ヨゴスヤツラ イナクナテ スッキリ」と思われ、わずかに生き残った人類からも「今みんな仲良しだよね。こんなことになっちゃったけど、一旦滅んで良かったのかもね」になるかもしれないのです。

👽👽👽

ある立場から、ある価値観で、ある時点において観察された良い・悪いの判断は、ほんのわずかな条件の違いで、ぐるんと逆転してしまいます。

人生に降りかかる出来事に運、ツキ、流れといったものが存在するかは分かりません。けれど、その出来事を受け止める人の心には“陰”と“陽”の状態があり、心のあり方によって状況の捉え方は変わります。(たとえば「コップに水が半分しかない」と思うか、「半分もある」と思うか、のように。)

水が流れるとき、地形に合わせて形を変えるように、「運」もまた、その人の心の形に沿って流れていく。だから自分が“良い状態”を望めば、運は自分を通り抜けるとき、その望む形に変わっていくのかもしれません。

どんな理不尽なことが起こっても、それを前向きに受け止め、すべてを「運が良い!」にしてしまえたら──

きっと、最高に楽しい人生になります!

運の雲 その1 – 運は星座 –

運、ツキ、流れ。
勝負事、特に麻雀をしていると、しょっちゅう耳にする言葉です。

世界は「ツキや流れがある派」と「そんなものはない派」に分かれ、長い間さまざまな議論が交わされてきました。現時点でどちらが正しいのかを結論づけるのは難しいですが、もし仮に「運」や「流れ」が本当に存在するとしたら──いくつもの疑問が浮かんできます。

それはどんな原理で人に降り注ぐのか。
宇宙に存在する“運の総量”は一定なのか。
それとも変動し、あるいは枯渇することもあるのか。
一人の人が一生のうちに享受できる量は決まっているのか。
自分の意思で他人に分け与えることはできるのか。
もし分けたら自分の運は減るのか、それとも宇宙からのご褒美でさらに増えるのか──。

こうした謎について考えを巡らせることは、想像力を大いに刺激してくれます。他の人の「運」に対する考えを聞くのも、新鮮で楽しいものです。

だから私は、運や流れの存在を証明することはできないけれど、「そういうものがあったら、きっと素敵だな」と思ってしまうのです。

🍀🍀🍀

運はコンステレーション、星座。

私には「これこそが運だ!」と断言することはできません。けれど、もし感じていることを言葉にするなら、

「本来は意味を持たない出来事に、人間が意味を与え、それを“運”と呼んでいる」
──そんな気がします。

北の夜空に輝く北極星は、偶然にも地球の自転軸の延長線上に位置しているため、“動かない星”として認識されています。しかし他の星、たとえば冥王星から北極星を見れば、ギュンギュンと動き回って見えるでしょう。そのとき冥王星の空には、まったく別の星が「冥王星の北極星」として輝いているはずです。

もちろん北極星自身は、自分がこぐま座のしっぽを構成していることも、地球の人々に“動かない星”として航海の目印にされていることも知りません。さらに、こぐま座を形づくる他の星々は互いに数百光年も離れており、「こぐま座クラブ」のようなつながりを持っているわけでもありません。遠い地球の人間が、「あれはこぐまの形に見えるから、こぐま座と呼ぼう」と決めただけのことです。

☆☆☆

でも、だからといって「こぐま座が存在しない」というわけではありません。

ある視点から、ある距離で空を見上げたとき、いくつかの星が“こぐま”のように見える──それは確かに存在する事実です。

この広大な宇宙の中で、地球という一点から、この角度、この距離、この瞬間にだけ、私たちは“こぐま”を見出すことができるのです。

門田門クローバー🍀にまつわる話 その2「フラクタル」

フラクタル
図形の部分と全体が自己相似再帰)に
なっているものなどをいう。

wikipedia

ブロッコリー🥦、ブロッコリーの中でも特にロマネスコという品種は分かりやすいフラクタル構造を形成しています。

ロマネスコの一部をぽりんと切り出すと、その塊は小さいロマネスコになります。そこからさらに一部切り出してもやっぱり小さなロマネスコになります。

そんなの当たり前だろ!と思うかもしれませんが、カブトムシを考えてみると、カブトムシの一部を切り出しても、小さいカブトムシにはなりませんよね?

こういった「小さな単位が集まって、その単位とよく似た大きな構造を作り出す性質」はフラクタル構造と呼ばれる特別な構造です。

・海岸線を細かく見ても、やっぱり海岸線
・毛細血管の広がり方は太い血管の広がり方と似ている

フラクタルは特別な構造ですが、実は自然界のいろいろな場所で目にすることができるのです。

🥦🥦🥦

ペンローズタイル

ペンローズタイルは、イギリスの数学者・物理学者であるロジャー・ペンローズ(2020年にブラックホールの研究でノーベル物理学賞を受賞)が発明したタイル張りです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ペンローズ・タイル

四角や三角の図形を隙間なく敷き詰めると規則的なパターンが繰り返されますが、ペンローズタイルは四角や三角にはない、以下のような特徴を持っています。

1. 二種類の形だけでできる
 「凧 (カイト)」と「矢 (ダート)」と呼ばれる2種類のひし形ピースを組み合わせる。

2. すき間なく無限に敷き詰められる
  ピッタリくっつけて、どこまでも広げられる。

3. 繰り返しパターンが出ない
  普通のタイルのように「同じ模様が繰り返し並ぶ」ことはない。
 でも、よく見るとあちこちに似た形や模様が現れる。

つまりペンローズタイルは、
「たった2種類のピースを組み合わせるだけで、無限のパターンを生み出し、規則的であるのに周期性は無い」
という不思議な性質を持っているのです!

万華鏡も同様に、同じパーツが集まって対称的なパターンを作りますが、どこまで見ても「完全に同じ模様」は出てきません。

 ・全く同じピースが、別の場所では別の役割を持つ
 ・よく似たパターンは無数に存在するが、歴史上同一のパターンはひとつもない

これは輪廻とかパラレルワールドといった概念とも通じるものがありますね。

🀄️🀄️🀄️

麻雀というゲームではいつも決まった136枚の牌を使うため、規則性が存在し、似た場面は何度も訪れます。しかし、手牌や点数状況、打ち手の思考法などが複雑に絡み合い、完全に同じ場面に遭遇することはありません。

そうすると麻雀を本当に理解するには、規則性を知るだけでは不十分で、無限のつながりや偶然性も合わせて理解することが必要なのではないでしょうか。何らかの原理が働くことで、流れやアヤ牌などと呼ばれる、一部ではオカルトとされてきた現象が起こるのではないでしょうか。

我々が存在するこの宇宙も、原子やら電子やらクオークやら限られた材料から、無限の可能性を生み出しています。宇宙に存在する物質の総量はおそらく変化しないのでしょうが、それらを組み合わせて生まれる情報、知識、文化は過去からずっと拡大を続けています。そしてその活動は、人間という観測者がいなくなったとしても、未来永劫続いていくでしょう。そして、麻雀を打つプレイヤーがこの世に一人もいなくなってしまったとしても、麻雀を支配する法則自体はそこに在り続けるでしょう。

☆☆☆

つまり、宇宙の法則を理解することは、麻雀を理解することと同義なのではないか。
麻雀を打つことは、宇宙の真実に近づくことなのではないか。

「ツモ牌はランダムだからわかんないよねー」で片付けていいのか、牌の過去や運命と向き合うことで見えてくるものがあるのではないか、今日出会った孤立牌はどんな運命を背負って自分と巡り会ったのか、それはもはやランダムとは呼べないのではないか…

そんなことを考えながら、眠りの中で宇宙とつながります…

門田門クローバー🍀にまつわる話 その1「ぐるぐる」

「門田門クローバー」は自分のアイコンとして、幸運の象徴であるよつ葉のクローバー🍀と無限大♾のぐるぐるをイメージして作りました!

門田門クローバー

フラクタルやペンローズタイル(詳しくは門田門クローバー🍀にまつわる話 その2 をご覧ください)に魅せられ、自分を表すためのアイコンはシンプルだけど無限の広がりを感じさせるようなデザインにしたいと思いました。

やっと満足のいくものができましたが、完成までにかなり時間がかかってしまいました。それは欲張って詰め込みたいものを増やしすぎて、どうしたらいいかと悶絶し続けていたからです…

🧟🧟🧟

詰め込みたかったもの
・全体としてぐるぐる循環している
・全ての要素を単一の形の組み合わせで構成する
・生命の源である植物のモチーフを取り入れる

あるとき、ふと、「門」の左右の部品をの4つ集め、90°ずつ回転させてくっつけてみたところ、四つ葉のクローバーのような形が浮かび上がってきました。四つ葉のクローバーは幸運の象徴ですから、「『運』とは何ぞや?」と常に思いを巡らせている私のアイコンにぴったりだ!と興奮しました。

そこからは、それまでの停滞が嘘のように、何かに導かれるかの如くすごい勢いでアイデアが浮かんできました。

「門」の部品から作られたクローバーを「田」として中心に配置、そのままの「門」を上下に対称に配置したところ、クローバーを中心とした∞のような流れが生まれました。

さらに田の中心に小さなクローバーを置き、小クローバーから中クローバーへの変化を表現しました。小さな種が大きく成長していくイメージです。その背後には中クローバーの影として、大クローバーが広がっています(実際には見えませんが)。

この描画面に対して垂直な軸を奥に向かって行くことは「時間と共に成長する、拡大する」という意味を持ち、手前に向かうことは「ぼやけたものを濃縮する、真髄を極める、真実に辿り着く」という意味を待ちます。

色はオレンジ、グリーン、濃いグリーンと移り変わっていきます。これは種が発芽し、若葉となり、最終的に成熟した葉となるイメージです。

こうして完成したのが門田門クローバーです。このアイコンをいつも身に付けていれば幸運が舞い込むぞ!とキーホルダーも作りました。

🍀🍀🍀

幸運にはもちろん恵まれたいのですが、そもそも「運」って何でしょう?重さや体積はある?熱は?時間経過で変化する?この世に存在する総量は一定?今後の記事ではその辺の疑問を広げていこうと思います。