運の雲 その1 – 運は星座 –

運、ツキ、流れ。
勝負事、特に麻雀をしていると、しょっちゅう耳にする言葉です。

世界は「ツキや流れがある派」と「そんなものはない派」に分かれ、長い間さまざまな議論が交わされてきました。現時点でどちらが正しいのかを結論づけるのは難しいですが、もし仮に「運」や「流れ」が本当に存在するとしたら──いくつもの疑問が浮かんできます。

それはどんな原理で人に降り注ぐのか。
宇宙に存在する“運の総量”は一定なのか。
それとも変動し、あるいは枯渇することもあるのか。
一人の人が一生のうちに享受できる量は決まっているのか。
自分の意思で他人に分け与えることはできるのか。
もし分けたら自分の運は減るのか、それとも宇宙からのご褒美でさらに増えるのか──。

こうした謎について考えを巡らせることは、想像力を大いに刺激してくれます。他の人の「運」に対する考えを聞くのも、新鮮で楽しいものです。

だから私は、運や流れの存在を証明することはできないけれど、「そういうものがあったら、きっと素敵だな」と思ってしまうのです。

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運はコンステレーション、星座。

私には「これこそが運だ!」と断言することはできません。けれど、もし感じていることを言葉にするなら、

「本来は意味を持たない出来事に、人間が意味を与え、それを“運”と呼んでいる」
──そんな気がします。

北の夜空に輝く北極星は、偶然にも地球の自転軸の延長線上に位置しているため、“動かない星”として認識されています。しかし他の星、たとえば冥王星から北極星を見れば、ギュンギュンと動き回って見えるでしょう。そのとき冥王星の空には、まったく別の星が「冥王星の北極星」として輝いているはずです。

もちろん北極星自身は、自分がこぐま座のしっぽを構成していることも、地球の人々に“動かない星”として航海の目印にされていることも知りません。さらに、こぐま座を形づくる他の星々は互いに数百光年も離れており、「こぐま座クラブ」のようなつながりを持っているわけでもありません。遠い地球の人間が、「あれはこぐまの形に見えるから、こぐま座と呼ぼう」と決めただけのことです。

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でも、だからといって「こぐま座が存在しない」というわけではありません。

ある視点から、ある距離で空を見上げたとき、いくつかの星が“こぐま”のように見える──それは確かに存在する事実です。

この広大な宇宙の中で、地球という一点から、この角度、この距離、この瞬間にだけ、私たちは“こぐま”を見出すことができるのです。

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